2011年 09月 19日

人類最古の哲学
中沢新一
講談社 2002年
1500円
シンデレラの話を知らない人は、いないだろうな。あなたが出会ったのは、子供のころの絵本で? それとも、ディズニーで? でも実は、シンデレラ神話には450以上ものバージョンがあり、それが世界中に分布していると知ったら、ちょっとは驚かれるだろうか?
いまボクたちがよく知っているシンデレラの物語は、フランスのルイ14世の王室にいたシャルル・ペローという詩人がテキストにしたものだ。ペローは1695年に『ペロー童話集』を刊行し、民間に伝わっている話を、ルイ王の宮廷にふさわしいように、上品につくりなおした。
このペロー版シンデレラには、魔法使いが出てきて、かぼちゃの馬車、ねずみの馬、そしてガラスの靴というおなじみの小道具が登場する。もちろん、ディズニーもこのスタイルだったよね。

ところで、シンデレラはフランスでは「サンドリヨン」と呼ぶ。「サンドリヨン」は、「灰まみれ」という意味だ。
これはたんにこの少女が汚い台所仕事ばかりやらされていた、という意味ばかりではなく、灰のある場所つまりは「カマド」というものの持つ神話的な意味を想起しようとしているのだ。ボクたちが知っているシンデレラはだいたい「ペロー版」がもとになっているので、このあたりの神話的意味合いはうすれてしまっているが、もともとは、そういうことだったんだね。
「サンドリヨン」の原型により近いのは、グリム兄弟版のシンデレラ。それから、なんと9世紀の中国にもシンデレラにそっくりの物語があったんだって。これらについては、もう少しあとでご紹介するとして、その前に、神話とはどういうものかというお話をちょっとしたい。
コノハナサクヤヒメの神話古事記や日本書紀に出てくるコノハナサクヤヒメの神話は、「人間はなぜ死ぬようになったか」というテーマを扱ったものだ。
ホノニニギノミコトが、笠沙の岬で美しい乙女と出会う。ホノニニギがこの乙女、コノハナサクヤヒメと結婚しようとしたとき、姫の父親オオヤマツミノカミは、姉であるイワナガヒメも一緒に嫁がせようとする。(古代では、このような結婚の仕方は当たり前だった)しかし、イワナガヒメはたいそう醜かったので、ホノニニギノミコトはこの姉を送り返してしまう。
侮辱された父親はニニギに呪いのことばを浴びせる。
「あなたはなんという愚かなことをしたものだ。妹は美しい花を咲かせる植物のように、生まれて咲き誇り、そしてはらはらと散っていく有限の運命を与えてくれるだろう。しかしそれだけではたりないと思ったからこそ、私は岩石のように朽ち果てることのない永遠の生命をあなたに贈ろうと考えて、姉のイワナガヒメをも与えようとしたのに、あなたはそちらを拒否した。よろしい。以後あなたの子孫には死というものがもたらされて、長い生命を楽しむことができなくなるだろう」。
こうして人は、不死というものを失ってしまうのだが、これとまったくよく似た話が、実はあちこちにある。たとえばインドネシアのボソ族に伝わる『バナナと石』という話はこうだ。
バナナと石
その昔人間は、神さまが天空から吊りおろしてくれるバナナを食べて、安心して暮らしていた。ところがある日、バナナの代わりに石が下りてきたので、「こんな食べられないものをよこすなんて」と人間は神さまに向かって悪態をついた。
神さまは、すぐに石を引っ込めてバナナを降ろしてやったが、そのあとでこう言った。
「石を受け取っていれば人間の命は永遠に続いたのに、バナナだけを受け取った人間の寿命は、バナナのように短く朽ち果ててしまうだろう」
どうだろう? まったくよく似ているよね。
ではなぜ、こんなにも似た話が世界中にあるのだろうか?
それは、そもそも神話とは、人間が宇宙と自然のなかで、みずからの「身の置きどころ」を模索しはじめた、ということに由来しているからだ。
この広い宇宙と自然の中で、自分が何者かを意識しはじめたとき、人にはきっとさまざまな疑問がわき上がっただろう。

人間は、他の動物たちとは違うのだろうか?
それとも同じなのか?
食べるために動物を殺してもいいのだろうか?
死んだ動物たちは、どこへいくのか?
いや、それよりも人はなぜ生まれるのか?
そして、なぜ死なねばならないのか?
太陽はなぜ、朝に現れ夜にはかくれるのか?
あの満天の夜空でキラキラ輝くものは何か?
なぜ、雨は降るのか?
どこからともなく実りの季節がおとずれ、いつのまにかそれが去ってしまうのはなぜ?
そして、それが繰り返されるのはなぜ?
こうした疑問に、人間は「神話」というかたちで合理的な解釈を与えようとした。神話は、人が発したさまざまな疑問への、大胆な、そして真摯な回答なのだ。
さて、それでは、そろそろシンデレラに話を戻すことにしよう。
創世記の神話では、人間と宇宙や自然との関係が中心だったが、時代が下ってシンデレラの話が成立するころには、人間と社会、人間と人間との関係に主題が移っていく。ここにもまた、大きな疑問があり、解消すべき矛盾があったからだ。シンデレラ神話成立の背景には、娘と継母との関係、あるいは封建時代の身分制度があるとみていいだろう。

グリム兄弟の「灰かぶり少女」
グリム兄弟はドイツの民衆が伝えてきた民話を、できるだけそれが語られている現場で採集しようとした。つまり、シャルル・ペローのように、文学的にソフィスティケートするのを、最小限にとどめようとしたのだ。だから17世紀に記録されたシャルル.ペロー版よりも、19世紀のはじめに記録されたこのお話の方が、おそらくは原形に近い古さを持っているようだ。
継母とふたりのお姉さんは、王宮のパーティーに招かれて出かけてしまう。(このあたりはほぼ同じ)家に誰も居なくなると、灰かぶり(シンデレラ)はへーゼルの木の下の自分の母親の墓のもとに行きこう叫んだ。
「かわいい木よ、ぶるぶるっとお前の幹を揺さぶってごらん。そうして私の回りに金銀を落しておくれ」
すると小鳥が飛んで来て彼女に向かって金糸銀糸でできたドレスと銀糸の刺繍のついた靴を落としてくれた。娘は急いでドレスを身につけパーティーヘと向かった。
ここが、シャルル・ペロー版との決定的な違いだ。魔法使いが出てきて、小動物を変身させてシンデレラのお供にするのではなく、へーゼルの木に呼びかけると、他界から母親の霊が答えてくれる。へーゼルの木が死者の世界との間を仲介しているのだ。
このあと、ぴったりと靴が合った灰かぶりが王子と結婚するという話は同じだが、最後のところがまたちょっと違う。
王子との結婚を祝う式が催されると二人の義理の姉達が取り入るためにやって来た。結婚する二人が教会へ向かうとき上の姉は右側を、下の姉は左側を歩いた。すると鳩が姉達の目をそれぞれ一つついばんだ。二人が教会から出てきた時も、姉は左、妹は右を歩いていたが、今度も鳩が二人の残ったもう一方の目をついばんだ。こういうふうに、二人の姉達は自分達の邪な心と策略のために罰を受け、盲しいたまま一生を送ることになったのである。(A・ダンダス編『シンデレラ』池上嘉彦・山崎和恕・三宮郁子訳、紀伊國屋書店より)
このグリム童話では、鳩がふたりの眼をつぶし、不幸のどん底におとしいれてしまう。この残酷さも含めて、グリム版のほうがより神話的な古層にふれているのだろう。

中国のシンデレラ
続けてもうひとつ、ご紹介しよう。
実はいま発見されている世界最古のシンデレラ物語は、9世紀の中国で記録されたものだ。そして、それを発見したのは、あの南方熊楠だというのだから、ちょっとびっくりだね。熊楠は、これを『支那書』の中に発見した。
秦・漢以前の時代、葉限という娘がいた。父親の呉氏が死んでしまったので、葉限は継母に苦しめられ、きこりや水汲みに使われていた。
葉限は金の眼の小魚を池で飼っていた。娘が池に行くと魚は必ず岸辺に頭を出す。ほかの人がやっても出てこない。そこで継母は娘の着物を借りて池に行き、刃を袖に隠して魚を呼び、頭を出したところを切り殺してしまった。大きく育った魚の肉は、まことに美味であった。その骨を肥の下に隠した。
娘が池に向かって魚を呼んでも、魚は出てこない。悲しくて泣いていると、被髪粗衣の人が天から降りてきて、「魚の骨が肥の下にあるからそれを取って隠し、ほしいものをその骨に祈ればかなえられる」と言った。ためしてみるとそのとおりに食物や衣装が出る。
「洞」の祭りに継母と実子が出かけた後、娘は翠紡の上衣に金の履をはいて祭りに行く。継母とその実子が姉ではないかと疑ったため、娘はあわてて帰る。履を片方残し、洞の人に拾われる。
その履は回りまわって陀汗国の国王の手に入る。国中の者にはかせたが合うものがいない。王はようやくにして葉限を探しあて、はかせてみるとぴたりとあった。彼女が翠紡の衣をつけ履をはくと天人のように美しかった。葉限は魚の骨とともに陀汗国にともなわれて、国王の妻になった。継母と妹は飛石に打たれて死ぬ。
これはもう、まぎれもないシンデレラだ。
魚の骨を丁重に扱うと幸運に恵まれるという考えが当時にあって、その背景には水界の王と人間界との交流がある。

さてこれまで見てきたことでわかるように、神話には、ひとつのめざしていることがある。それは人と自然との(あるいは人と社会との、あるいは人と死者の世界との)関係において、おおもとのつながりを失ってしまっているように見えるものに、失われたつながりを回復することだ。互いの関係があまりにバランスを欠いてしまっているものに、対称性を取り戻そうとつとめることであり、現実には解決できない矛盾を、少なくても思考の中で解決しようとすることだ。
中沢さんは言う。
神話は人間が最初に考え出した、最古の哲学です。どんな領域のことであれ、人間ははじめにしか本当に偉大なものは創造しないものです。わたしたちが今日「哲学」という名前で知っているものは、神話がはじめて切り開き、その後に展開されることになるいっさいのことを先取りしておいた領土で、自然児の大胆さを失った慎重な足取りで進められていった後追いの試みにすぎないのかも知れません。神話はそれほどに大胆なやり方で、宇宙と自然の中における人間の位置や人生の意味について、考え抜いてこようとしました。人間の哲学的思考の、もっとも偉大なものとは、まさに神話の中に隠されているのです。
これはカイエ・ソバージュと題する、一連の大学講義の記録だ。

文中のイラストは、『シンデレラ』マーシャ・ブラウン文・絵 まつの・まさこ訳(福音館書店)から拝借しました。うちの子どもたちにも、この絵本で読み聞かせたことがある、懐かしいものです。
# by kaitekido | 2011-09-19 21:48






今回参照した本については、ちょっと古い本もあるので、手に入らないものもあるかもしれない。
玄奘の天竺求法の旅を追ってみることにしよう。
州までは、西北方向に3~400里。
もと玄奘に会いに来る。伊吾王も玄奘を王宮に招いて、丁重にもてなした。
しかし、こうしてみると、玄奘は旅の途次でさまざまな幸運に恵まれている。たとえば高昌国の国王との出会いがなければ、これほどの楽な(少なくても、費用や運搬手段のことでは)旅はできなかっただろう。いや、インドまでたどり着けたかどうかさえあやしい。

流された影光の子は、親切な医者に拾われる。この医者は優秀な外科医であったため、手、足、目、鼻などの部品をせっせと作ってはくっつけてくれた。子どもはサイボーグ化されて、よみがえる。

いったい博物学とは何か? まずは、身の回りの事物をなんでもかんでも集めるという、素朴なコレクションから始まったのだろう。それが植物であれ動物であれ、石ころや古道具やその他諸々のがらくたであっても、珍しいものを集めたいというのは、人間の本能に違いない。こうして集めてきた事物を眺めていれば、当然それらをあれこれ並べ替えたり、グループにしてみたり、名前を付けたりしたくなるだろう。命名とは、言語によって世界を分節化することであり、それはイコール分類である。
それまでは、学者たちが自分が発見した生物にめいめい勝手に名前をつけていたので、同じ生物に違う名前がついていたり、逆に違う生物に同じ名前がついていたりで、混乱がたえなかったのだ。
林羅山が、家康に命じられて1607年にこの書物を手に入れた。これは、医薬として利用される薬効のある植物・動物・鉱物を集めた便覧(マニュアル)である。
